社長の仕事ってなんだろう?
2010年の初旬には1店舗だったTokyoPanyaは4月にロッテ江南店、8月には現代COEX店、モクドン店と計4店舗になり、デパートの休日は月に1回しかなく、ロッテと現代が同時に休みになるとは限らない為、ほぼほぼ365日営業になった。
開店してからまだ1年10ヶ月。驚異的なスピードだったと自分でも思う。
しかし、今振り返ってみると、あれをこうしていれば良かったなーとか、こうしなければ良かったなーとか反省も沢山ある。そんな事をまとめていこうと思います。
1.社員との関係
どんな偉大な社長だって初めて社長になった時は社長業1年生。誰もが初めから社長業をパーフェクトに出来る人なんていない。個人事業者で1人の時は全て自分の問題なので、ある程度自由にできるのだが、人を雇い始めると必ずしも人間関係やそれに関連するあらゆる問題が発生する。
給料、労働時間、待遇、労働環境これら全てについて責任があり社長の方針で形成されていく。要は、社長の力量が試される指標でもあるだろう。
社長業1年10ヶ月目の僕は社長としてはダメダメだった。
まず日本でも中間管理職も経験せずヒラのパン職人から一気に経営者、社長になった僕は人を管理する能力が欠けていた。
2010年8月当時、お店の厨房スタッフ、デパートの販売員合計13人を全て直接雇用し、僕の下に13人いる形になっていた。当然13人とも何かあれば僕に連絡し、解決していかなければならなかったのだが、僕も毎日フル回転でパンを作って4店舗お店を管理していたので、とてもじゃないが回し切れなかった。
とにかく急いでデパートに出店と考えていた為、パンとケーキの生産を間に合わせる事ばかりに気を取られ、責任者を育てていなかった。13人全員横一列にしていた。それが間違いだったと思う。
厨房には僕の一段下に厨房長を作り、デパート販売員にはチーフを各店舗ごとに決めて給料格差を付けておくべきだった。中間を置くことによって、僕は厨房長とチーフを管理すれば良い様になり、それ以下の連絡は厨房長やチーフにしてもらう事として直接は受けない様にして置かないと電話の対応だけで1日が終わってしまう。
勿論、気がついた時からは配置するようにしたが初めから気がついて出来ることに越したことはない。
責任者を各部署に配置して目標を設定し指示を出し、ちゃんと業務が行われているかチェックして、随時報告を受ける。当たり前の事だがこれができて初めて組織となっていく。
2.デパートに納品する商品
デパートのMDにはデパート店にもオーブンを置いて現場でもパンを焼いてください。と言われていたのだが職人を分散させて生産するより、厨房設備の充実した本店で生産して納品する方が効率がよく大量生産できると思っていた。
オーブンを置くのがデパート店に出店する条件だったのでオーブンは設置したが、デパート店舗のスペースでパンを作るのは狭すぎて無理だと判断していた。
でも今考えてみると、例えば明太バケットなどはミニバケットを納品して現場の販売員に真ん中をカットしてもらい、明太バターを入れてもらいオーブンで焼いて出せていたら、美味しい焼きたての明太バケットが販売出来てもっと売れただろうなぁとか、食パンをシュガートーストにして現場で焼くだけの商品とかもできたなぁって、今更思いつく。
当時は販売員も売るだけで必死でそこまで出来なかったかもしれないが、売上があがるようなら販売員を増やしてやることもできたし、なによりデパート店で焼きたてのパンを出せた。
パンの生産システムにしても、もっと効率良く今なら作れるが、当時は昔ながらのパンの作り方をしていたと感じる。
これは、僕が修行した日本のお店が1件しかなく、他の店舗でパンがどのように作られているか知らなかった事が原因なのだが、僕の知識不足のせいで効率の悪い生産をさせて労働時間が長くなってしまっていた事を反省せざるを得ない。
常に貪欲に最新のパン製造技術を学び、自社に落とし込んで改善していければクオリティup、労働時間downに直結する。
3.労働についての考え方
日本で働いていた時は、1日12時間以上の労働、みなし残業が当たり前になっていて、誰も意義を唱える人がいないので、それがパン職人の世界では当たり前の事だと認識していた。
小さな時から野球部で高校野球も経験し、水が飲めない練習が当たり前の世界に僕はいた。
後にそれはスポーツ科学的に良くないという事が判明し高校くらいからは水が飲める練習に変わってはいったが、それまでは喉カラカラでホントに倒れるくらい練習して、水がこんなに美味いのかって何度も何度も思ったものだ。
間違った常識で世の中は動く時代だった。野球部の水問題しかり、日本の労働環境しかり。
海外から日本をみると、日本の労働環境は異常だ。ここ最近でやっと日本も変わってきたと聞くがだいぶ遅れている事は間違いないだろう。
そんな僕だったので開業当初は従業員に無理をさせた。1日12時間労働当たり前で根性論を振り回し、ついてこれずに辞める人が沢山いた。僕が従業員だった頃の感覚で、従業員に仕事をさせると誰もついてこなかった。
韓国はインターネットの普及が日本よりも遥かに早く、ネットで労働環境などがシェアされていて少しでも楽で稼げる仕事に人が流れていて、パン屋のような暑くてキツくて稼げない仕事は敬遠されていた。そこに根性論を持ち出しても話にならない事は必然以外のなにものでもない。
しかし、この問題はとても難しい。何故なら、だからといって給料を簡単に上げることも出来ないし、労働時間を減らせば生産力もグッと落ちてしまう。
解決するには売上を上げる以外にないのだが、売上を上げると生産量も同時に上がる。単価を上げればお客様に負担になる。これを上手くバランスをとってお客様にも従業員にもウィンウィンのサイクルにするのが社長の仕事だと思う。
そして更には未来地図を社員に見せて一緒に頑張ろうと鼓舞していかなくてはならない。とても大変で難しい仕事だ。
2010年はとにかく忙しかった。ガムシャラだけが頼りのダメ社長は毎日フルスロットルで仕事をした。そしてそんな僕に4億ウォンの投資の話が舞い込んでくるのだが、それはまた別のお話。
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